序章 4、儚き幻想〜儚い〜(後編)
「こら!!起きなさい、戎!!」
「はううっ!!!」
私はおもいっきり体を揺さぶられ、うとうとした気分から一気に現実へと引き戻された。
・・・あれ?私は確か応接室にいたはず・・・。
なんで女中用の部屋で、しかも布団の中、万全の寝る状態下にいたのだろうか。
私を起こしたのは私の後輩でありながらも、二歳年上の邑だ。
これは、いつもの日常・・・まさか・・・夢だった・・?
「ああ、おはよう。すぐ起きるね・・。」
そう言いながらもまた少し布団の中でぬくぬくする私の日課、
それを邑は再び何度も揺さぶり、いつもどおり起こす・・
「あんたねえ!!風湖おばさんがいなくなって大変なんだよ!!」
え・・・・?
眠気は一気に吹き飛んだ。
すぐに起き上がる私、その耳にさらなる情報が先輩の女中さんによって入ってきた。
「本当に大変だよ!!風湖さん、女中辞めたらしいのよ!!」
これは夢?
だって応接室にいたはずの私がここでぬくぬくと寝ていたんだよ?
もしかして、風湖おばさんが辞めたのは別の理由?
それにしては唐突すぎる!!
私はすぐにそのままの格好で外へと駆け出した。
「あ、ちょっと、戎!?」
邑や他の女中さんの事は今は考えていられない・・・
以前に私は風湖おばさんの家にお茶を飲みに行った事がある。
そこに行けば真実がわかるはずだ!!
街の通りを自らの全力で駆け抜ける。
朝だから人通りは少ないにしても、
寝間着姿で街を走る女を普通は奇怪な目で人々は見るだろう。
でも人々は全く私にそこまでの視線をむけなかった。
私は気づいた、自分は寝間着では無い事に・・。
寝間着ではないという事は、昨日はいつも通りの日常では無かった・・・やっぱり昨日の出来事は夢では無かったんだ!!
走り続けてまもなく、風湖おばさんの家にたどり着いた。
もともとは茶屋をやっていた店、旦那さんの死をきっかけに店をたたんだって言っていた。
その扉は鍵が閉まっている。
私は何度も風湖おばさんの家の扉を叩いた。
「私です!!戎です!!おばさん、開けてください!!」
何度も同じ言葉をいい、何度も扉を叩いても、何一つ返事は返ってこない。
女中を辞めたから、この家を出た?
この家を出る必要性なんてどこにもないし、それにこっそりと家をでていくような人ではないはずだ!!
なのにどうして・・・どうして出ないの!?
「おばさん!!風湖おばさん!?」
何度も何度も扉を叩き続ける。
その時、誰かが背後に現れた気がした・・・おばさん!?
「おばさん!?」
私が振り返ると、突如私の頬に強い衝撃が走り、そのまま私は地面へと座り込んでしまう。
その衝撃は昨日味わったものと同じ・・龍華様だ・・。
「ったく!!朝から五月蝿いザマス!!仕事をサボってこんなところをほっつき歩いて!!
そこを何度叩いたってあの女は出てこないからとっとと屋敷に帰るザマス!!」
若い男の人二人を横に引き連れ、その扇子で自分自身を扇ぐ龍華様。
こんな朝から若い男の人と遊んでるなんて、一体どういう人なのだろう・・・・そういえば・・さっき龍華様は
“そこを何度叩いたってあの女は出てこない”
って言った・・・・
「龍華様!!風湖おばさんは何処にいるんですか!?教えてください!!」
私は立ち上がり、無礼であるとは分かりながらも龍華様の腕をつかんだ。
今回だけは絶対に食い下がるわけにはいかない!!
龍華様の顔はみるみる険しくなっていく、扇子で叩かれるのはもう決まりきったこと・・でも今回は絶対に食い下がらない!!
「龍華様〜、お顔が怖くなってるよ〜?女の子相手に殴りかかるなんて、いつもの大人な龍華様らしくないよ〜?」
この状況を助けてくれたのは、以外にも龍華様が引き連れていた男の人の内の一人だった。外の国から来たのだろうか、
その髪は金髪という珍しいもので、格好もこの国では見たことがないようなものを着用していた。
「まあ、渦羅ちゃん♪そんなに怖かったの〜?ごめんなさいね〜♪」
そして龍華様の態度も今まで見たことが無いぐらい甘えた声をだして可愛さをアピールしている。
この調子なら真実が聞けそうだ。
私は息を呑み、龍華様の言葉を待った。
「まあ小娘に一つや二つは答えてあげるザマス。白ちゃんは我が鬼獄屋の新たな主となる、より高みをいく御方なわけザマス。
女中や旗本の娘如きが軽々しく接するなど忌々しいにも程があり、ましてや二人仲良く外を歩くなど言語道断!!
民衆どもに見られていたとなると、鬼獄屋の大恥ザマス!!
だから、風湖には国を動かす力を持つ鬼獄屋に恥をかかせた事をしっかりと償ってもらったザマス。
もういいザマスね!?いくザマス!!」
龍華様は衝撃の事実を残し、私のもとをそのまま去っていった。
「人間って生き物は本当に醜いね〜?まあ、気が向いたら僕の店に来てね〜♪」
金髪の男の人は私に名刺を手渡すと、もう一人の男の人と同様、龍華様のもとへと走っていった。
私は普通に名刺を受け取ってしまったけど、これは放心状態だからだろうか。
風湖おばさんの身に何が起きたのかは容易に想像がついた。
圧倒的な権力を持っている鬼獄屋の恥・・・
そのために風湖おばさんは消されたんだ・・・・。
私はそういう世界に今まで生きていたと何で分からなかったのか。
鬼獄屋はいつしか、国を動かすほどの権力を持っていたんだ・・。
もう常人の世界とは違うんだ・・・・。
そして、私にはもう一つ不安要素があった。
女中や・・旗本の娘如き・・・・か・・。
碧君様が何に感謝しているのか分かってしまった。
重たい足をゆっくりと動かし、この人通りが少ない朝の通りを歩く。
屋敷に帰るのがつらい、そこに待っているのはさらなる悪夢。
眼から流れ出る後悔の念・・・私にはそれを流す資格などないはずなのに、止まらない。
悪いのは私だ、彼らの幸せを壊してしまうのも私だ。
碧君様は感謝しているだろう、
“白君様は明日ね、黒弧ちゃんと出かける予定でね”
私と風湖おばさんのおかげで発覚したのだ、今日の予定が・・。
今日、白君様と黒弧様は出かける事はできない
屋敷に帰り着くのに30分以上もかかってしまい、
他の女中さんからはいろいろと文句を言われた。
でも邑は私が担当場所の一階の掃除するために雑巾を取り出そうとすると、
「戎、みんなアンタが何しに行ったか分かってるよ。あんたの顔からして風湖おばさんはもう・・・。
ともかくアンタは少し休んでて!昼になったら仕事開始してもらうから!」
と、言いたい事をガーッと言って、私から雑巾を取り上げ、そのまま女中用の部屋に無理やり連れていかれる。
なかば放心状態が続いている私は何一つ抵抗せずに、暗い部屋の中、一人座っていた。
そして後悔した、昨日の一夜を・・。
白君様と見た幻想的な世界・・・私が欲張って得た世界は、あまりにも犠牲が大きかった。
なんて・・・儚いのだろう・・・。
風湖おばさん、黒子様、そして・・・白君様・・本当にごめんなさい・・・。
私はもう欲張りません、白君様にも一切近づきません・・。
ガラッ
「ああ、ここに居たんだ、戎。」
どうして・・・どうしてこんなにも苦しい事ばかりが起きるのだろう・・。
部屋に入ってきたのは、私が愛する彼、そして接する事が許されない彼・・・白君様だった。
私は下を俯き、彼を見ないようにした。
白君様の姿を見たら・・・私はまた彼を欲してしまう・・。
でももうそんな事は許されない・・・。
私の気も知らずに、白君様は自分の事を平然と話す。
「え〜と・・折角昨日予行演習したけど・・黒姫突然来れなくなったらしくて・・とりあえず報告しといたほうがいいかなあ・・とか。」
残念そうなその声がより胸を突き刺す。
やはり黒弧様は来れなかったのか・・・。父親の眼駄太内様のもとには一体どんな圧力があったのだろうか。
想像するだけでも・・・・・
ダメだ、何泣いているんだ、私・・・・。
泣いたらまた白君様が心配してしまうじゃないか!
「戎・・?な、泣いてるの!?え!?わ、私のせい!?」
ほら、やっぱり私を心配する・・。
この優しさについ甘えたくなってしまう・・・
でも、いけない!!悪いのは私!!
白君様の幸せを壊してしまった私は自分自身の行為に後悔し、泣いている外道だ!白君様のせいじゃない!!
泣くぐらいなら、最初から道を踏み外さなければよかったのだ!
私は白君様に「大丈夫」とも「心配しないで」とも「ゴミが眼に入っただけ」とも、何も言えず、ただ泣いていた。
お願いだから、私の感情よ・・・泣く衝動よ・・・収まって・・・。
「え〜と・・か、カキ食べる?カキ?カキ。」
泣いている私をなんとか慰めようとする彼は、いつも泣いている理由を聞く前に、まず泣き止まそうとする。
そしていつも彼の大好物の柿を勧める。
そんな彼の言葉がどうして嬉しくて仕方ないのか。
私は罪人、彼を想う事なんてもう絶対に許されないのに!
私は嫌われたくて、ずっと黙っていた。
いつもは「なんでもないです〜」と泣きながらもなんらかの言葉は白君様には返している。
この言葉には、白君様に心配をかけたくないという一面と、
逆に白君様を心配させようとする一面の、矛盾した二面性を持っていた。
でも今日は白君様には絶対に心配されてはいけない。
涙がでてしまった以上、今更どんな言い訳をしても通用しないだろう。彼は本当に優しすぎるから。
今までにない試みをする必要があった。
彼が必死になって私を泣き止まそうとする、それを否定してやればいい。
単純な彼は初めて私が見せる態度に戸惑い、あえなく部屋を去るしかなくなるだろう。
私の中の彼に対する悪意の心は大きくなっていく。
でも仕方ない事だ・・・私は彼に接してはいけない、資格がないのだから・・。
「私に・・・」
心の準備はできた、「私に構わないでください!!」そう怒鳴り散らし、後は彼の慰めようとする態度が気に入らない、などと彼をひたすら否定する・・・。
本心ではない、本当は言いたくない、本当は好きなのに・・・
ダメだ!!風湖おばさんを犠牲にして、黒弧様とのデートの約束も消してしまった私は彼に嫌われるしかないんだ!!
嫌われるしか・・・
「私にかま・・」
その時だった、彼は私の目の前に座り込み、私の体をギュッと抱きしめてくれた。
私の中の悪意は弾け飛んでしまった。
その代わりに私の中に戻ってきてはならない感情が再び充満しようとしていた。
白君様は照れくさそうに
「あ、いや・・赤ちゃんとかって抱いてあげると・・泣きやむだか・・なんだかって聞いたから・・。」
そう言って私を抱きしめていた腕を私から放した。
彼は分かっていなかった、その抱くという行為が人を安心させる事以外に、私にとっては別の重要な意味を持っているという事を・・・。
私は彼に接する資格なんて無い、他人の犠牲の上に立っている身。彼に嘘だってついたんだ。
なのに私は彼を欲していた。その欲する想いがどんどん湧き上がり、とうとう抑える事ができなくなっていく。
神様、わがままばっかり言ってすいません・・・でも、今だけ・・・本当に今この時だけでもお許し下さい!!!
「し・・白君様ぁ・・・・・!!」
細い声で彼の胸に顔をうずめ、泣きじゃくった。
先ほどまでこらえていたその想いが全てはきだされていく。
白君様は硬直している様子だったけど、しばらくしてもう一度私を抱きしめてくれた。
「昨日応接室の畳で寝ちゃってたけど・・・やっぱり何かあったんだね・・・。まあ、その〜・・・話してもいいって感じになったら話して欲しいなあ・・とか・・。」
相変わらずはっきりしない言い方、とても白君様らしい・・。
でも驚いたのは、彼が私を女中部屋まで運んでくれたという事だ。
白君様がどうして応接室に来たのかはよく分からないけど、畳の上で布団もかけずに寝ている私の姿を見た彼が、
私を心配して女中の部屋まで運んでくれたとみて間違いない。
腕は細く、力もそんなにあるとは思えない彼。
そんな華奢な体で人を一人運ぶ事は相当苦労しただろう。
なのにその事に関しては全く話には触れないところにも彼の優しさが表れていた。
もっと抱いていて欲しい・・・もっとこの時間が続いて欲しい・・・
もし今の私が肉体的な慰めを求めたなら、その手の知識に乏しい彼はそのまま身をゆだねてくれるだろうか・・・
最悪な発想ばかりが脳裏をよぎる・・・。
でも・・・やっぱりあなたが好き・・・
これ以上の欲張りはもう言わない、彼に今以上の関係を求めようとも思わない。
でもあなたを愛する・・その感情は許してください・・・。
私は自分の気持ちはもう主張しない。
愛するあなたの為に・・・あなたを助けたい!
冷酷な碧君様の息子でありながら、対極にある優しさを持つ白君様・・・本当に優しい白君様・・・。
私は今のままのあなたでいて欲しい。
碧君様は白君様を鬼獄屋の主として、大きな権力を操る存在にしようとしているけど・・私はそれを望まない。
白君様の愛する黒弧様を引き離そうとしている碧君様の思惑通りには決してさせない。
もし白君様が碧君様の望む未来を生きたいのなら、私は止めない。
そうでないとしたら・・・黒弧様とともに生きる未来を望むなら・・・私は精一杯あなたをお手伝いします。
でも今だけは・・・今この時だけは・・・・・・・
愛する彼の胸元で、私はいつまでも泣いていた。
彼は泣き止むまでずっと私を抱いていてくれた・・・。
真実編に続く。
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