序章 3、儚き幻想 〜儚い〜(前編)




 そして不思議な世界を堪能した私たちは屋敷へと帰りついた。

白君様はとても満足している様子だった。

「本当に今日は楽しかった!!それに・・いい予行演習にもなったし・・。本当にありがとう、戎!!」

「いえ、こちらこそ・・・・。」

「戎?どうしたの、なんか気分優れなさそうだけど・・。」

私の心の中にある不安を白君様はすぐに察知してしまった。
でも、彼には心配をかけたくなった。
それに、ばらしてはいけない、私の今日行った計画を・・。
その事に関する不安ばかりがどんどんつのっていく・・。
お願い、白君様・・・これ以上は不安で押しつぶされそう・・・。

「久しぶりに遊んで疲れたみたいです・・・今日はもう寝ますね・・おやすみなさい・・・。」

私は白君様の顔を見ずにそのまま自分の部屋へと戻っていった。
彼は私に

「じゃあおやすみなさ〜い!」

と私の好きな、その声で言ってくれた。
これが恋人気取りの日の最後を告げる合図なのだろう、そう私の中では解釈していた。
白君様・・・何故でしょう・・・・なんでこんなにまで不安になるのでしょう・・・。
誰か、誰かが見ていたんです、私達を・・・。
黒弧様・・・・?
いや、こんな夜遅くに外出してるわけがない!!
でも、もしも黒弧様が今日再び屋敷に遊びに来て、そして白君様の行方を捜していたのだとしたら・・・。

「戎!!探したよ!!」

「ひっ!!」

不安な心境の時に突然背後から大声が聞こえたせいで、つい派手にずっこけてしまった。
でも・・この声の主は・・・

「痛たた・・・風湖おばさん・・・こんな時間に何ですか?」

「・・・いや、ちょっとね・・・・・。」

私はすぐに起き上がるも、風湖おばさんの様子がいつもと違うことにすぐ気づいた。
いつもならここで豪快に笑うおばさんが全く笑わないどころか、その顔は少し険しくも見える。
もしや・・・おばさんに見られてた・・・?
風湖おばさんはその顔をだんだんと悲しそうな顔へと変えていき、

「ごめんよ!!アタシ、アンタの担当場所の掃除にダメ出しをくらったみたいで・・・
龍華様、とても怒ってるみたいなんだよ!!
龍華様はアタシがアンタの代わりにやった事は知らずに、アンタを探してるらしくて・・・。ごめんよお!!」

おばさんは何度も頭を下げて謝った。
いきなりの謝罪に最初は驚いたけど、事態はだいぶ好ましくない状況のようだ。
それに別の件での不安もあるせいか、私の心はどんどん重たくなっていった。

「謝らないで下さい!おばさんは私の為に掃除してくれたんですよ!?今日仕事を私はしなかった・・・怒られるのは私が引き受けますから・・」

「いいや!!アンタは黙ってるんだよ!!いいかい!?アタシの責任だ、アタシの責任だよ!!いいね!?」

夜だというのにこんな大声、でもそれがおばさんらしいと言えばおばさんらしい。
結局風湖おばさんの押しに負けて、私はおばさんに全てを任せる事に・・・。
でももしバツ掃除をやらされるなら・・・私はおばさんを手伝おう。本当は全部私が引き受けるべきなんだろうけど、おばさんは絶対にそれを許さないだろうから。
そしてとうとう龍華様の応接用の部屋の襖を開けた。




「ザマスーーーーーーーーー!!!!!」

「え!?いやああああああ!!!!!!」

バシッ   バシッ    バシッ

本当に突然だった。
私が部屋に足を踏み入れた瞬間、龍華様の扇子が私を何度も打った。
何度も同じところだけを叩かれ、その痛みは骨にまできていた。

「りゅ、龍華様!?な、何をなさるんですか!!」

風湖おばさんが龍華様の行動怒っている声が聞こえる。
でも私には痛みしかない。痛くて仕方ない。
龍華様が叩くのをやめてくれてもなお痛みは少し和らいだだけだった。
どうしてだろう、今日の龍華様は風湖おばさんが怒るのもわかるほどおかしかった。
確かにだいぶ理不尽な人ではある。でも部屋に入った瞬間に暴力を振るうような人だっただろうか。
龍華様は何度も扇子で壁を叩き風湖おばさんを威嚇していた。

「今お前の誰の御前か分からないでザマスか!?頭が高いでザマス!!」

誰の・・・御前・・・?まさか・・・・

「へ・・・碧君様・・・。」

風湖おばさんのかすれた声が私の耳にしっかりと届いた。
碧君様・・・白君様の父親、普段は仕事で屋敷に居ることはほとんどない彼が今日という日に限っているなんて・・。

「さて、風湖。挨拶は抜きにして、問う。今日の仕事で一階の掃除に問題があったようだが・・・どういう事だ?」

とても冷たい声・・・。
言葉だけで完全に圧倒されるような感覚、これが碧君様・・。
それにしても・・碧君様はどうして私に聞かないの・・?

「今日は・・私が戎の代わりに一階を掃除しました・・。戎に一日くらい休んで欲しかったんですよ・・。」

風湖おばさんは状況を正確に伝えようとするも

「だからいつもより綺麗だったわけだな。」

「なっ!!」

碧君様の発した言葉に風湖おばさんは息を止めた。
私も風湖おばさんも同じ疑問を抱いているだろう。
いつもより部屋が綺麗だから呼び出す・・・それが本当の用件なのか・・?
碧君様は黙ってしまった風湖おばさんを見て、口元を歪ませてこう言い放った。
・・・正確にはおばさんではない、私に言ったのだ。

「つまり、戎は今日は自由だった・・・そして白君と二人で街をほっつき歩いてたというわけか・・。」

 心臓が止まるかと思った・・・・。
私はなんてバカなのだろう!!
一番知られてはいけない存在は屋敷の人間ではないか!!
どうしてそんな発想が浮かばなかったのか!?
欲望でなにも見えなくなっていたのか!?
なんにしろ、私はもう終わっていた。
よりによって、碧君様に見られていたなんて・・・・。
手足の震えが止まらない私をより追い詰めるかのように、
龍華様は私の背中を強く扇子で叩く。

「本当に忌々しいザマス!!私の白チャマにこんなカス娘があああ!!!」

バシッ  バシッ   バシィッ

先ほどよりも激しく扇子は振り下ろされる。
私は耐えるのみだ。
ここで「許してください」と私に言う資格などない。
龍華様の怒るのは当然だから。
女中の分際である小娘が、鬼獄屋の跡取りと一緒に街を歩くなんて許せるわけがないだろう。
そして同じ感情を碧君様も抱いているのは間違いがない。
あの殺気の漂う目には私はどう映っているのか・・・。

「龍華、話を聞くためには気絶してもらっては困る。それぐらいの思考能力もないのか?」

碧君様の一言で、龍華様は一旦私を解放した。
また話を聞き終わったら拷問が始まるのは目に見えているのだけれども、肉体的苦痛を味わうことの無い今は私にとって天国のようなものだった。

「ふん!この小娘に今更何を聞くことがあるんだよ、碧君さん!!ったく、勝手にすればいいザマス!!」

苛立ちを全く隠さない言葉を吐き捨て、龍華様は部屋を出ていった。そして襖を閉める音は、とても大きく、私の耳の中をいつまでも響く。
・・・碧君様と龍華様の仲が良くないことは女中は皆知っている。
私達の世間話では、二人とも互いを利用するために結婚しているのではないか、との結論になっている。
何か証拠があるわけではないけど、なんとなく間違っていない気がする。あくまでなんとなくだけど・・・。
でも今はこんな事どうでもいいんだ、もう私がクビになるのは時間の問題だから・・・

「ワハハハハ!!いやあ、すいません碧君様!私はよかれと思って戎に白君様と出かけるよう言ったんですよ!!」

その言葉に私は痛みを忘れ、体は勢いよく起き上がった。

「風湖おばさん!?」

あまりにも理解しがたい風湖おばさんの言葉・・・
風湖おばさん、あなたは一体何を言い出すの?
何で碧君様の前でそんなに笑っていられるの?
それに風湖おばさんが私を誘導した?それは違う、だって風湖おばさんはどう考えても冗談で言っていた。
おばさんの「冗談だよ!」と大笑いをし始めるのはいつもの事だ。おばさんが
“ちゃっかり白君様を誘って出かけてみるとか”
と言った後の反応は、まさに本当に冗談の時の笑い方だった。
それは間違いないこと、だとすれば・・・・まさか!?

「白君様は明日ね、黒弧ちゃんと出かける予定でね!黒弧ちゃんを満足させる為にも、アタシが戎を送り込んで、予行演習をさせたんですよ〜!!
白君様に年が近いのは戎だからね、丁度いいかなあと思ったんですよ!!
白君様の為を思っての行為だったんですが・・・いけなかったですかねえ?」

風湖おばさんは私が白君様に予行演習と称して、一緒に出かける約束をしたところを見ていたんだ・・・。
そして、あたかも真実のような嘘をつき、私をかばおうとしている・・・って何で冷静になってるの!!
風湖おばさんを止めなきゃいけないじゃないか!!

「違うんです、碧君様!!それは私が・・」

大声を出すたびに痛みが体を走る・・・それが言葉を中断させてしまう。
痛みに苦しんでいる間に、風湖おばさんは先手を取ってしまう。
お願い、風湖おばさん・・私をかばうなんてお願いだからやめて・・・全部私が悪いのに・・・。

「何アタシをかばおうとしてるんだい!!アタシは女中を統括する立場だよ!!アタシがアンタの仕事を休みにして、白君様のお役に立たせるために送り込む・・・これほど筋が通る話もないだろう!?」

おばさんはとうとう、私がおばさんをかばっている事にし始めた。
確かに突然仕事が休みになり、突拍子も無く白君様と出かける口実を作り上げるなんて、あまり考えられることではないのかもしれない。
あまりにも用意周到が漂う計画だからだ。
それよりも、おばさんが私を白君様の予行演習の為にわざと休みにし、いろいろと指令をだして送り込んだとみなすほうがしっくりはくる。
でもおばさんが休みにしてくれたのは他に理由があった。
そして私が計画を思いついたのは、白君様と黒弧様の会話を今日聞いていたからだ。
今日はあまりにも事がうまくいく日だったんだ。
だから普通は考えにくい事が可能だったんだ。
それを碧君様に伝えても信じてくれるかは分からないけど、このままでは風湖おばさんが・・・っ!!
だめだ・・痛い・・痛くて何も言えない・・・。

「フフっ・・・確かに筋が通る話だ、風湖。」

「・・・申し訳ありませんでした!!!」

もう事態は進展してしまった・・。
もし今更私が真実を言ったとしても、おばさんは嘘をついたとして罰せられるのは必然。
遅かった・・・痛みにすら私は勝てないくせに、なんて最悪な事をしでかしたのだろう・・。

「では、風湖。お前は先に自分の部屋に戻るといい。心配はいらん、戎に今更責任を追及したりはしない。」

「ありがとうございます!!では、失礼します・・。」

おばさんは私のほうをチラッとみた。
何度も謝るべきか・・・いや、ここで謝ったらまずいだろう。
私は何も言えなかった、言う言葉も見つからなかった。
そんなみじめな私におばさんはただ微笑んでくれた。
優しいおばさんの笑み、私にはそれがとてもつらかった。
もう、おばさんは女中を辞めさせられるかもしれなかったから・・。
そして風湖おばさんが部屋を出ようとしたとき、碧君様の威圧的な声が部屋中に響いた。

「そうだ風湖・・・お前は一つ勘違いをしている。」

おばさんは足を止めるも、碧君様の方を振り向きはせずに、黙ってその場に立っていた。

「何のことでしょうか・・?」

風湖おばさんは私の事を心配している。
嘘が見破られたのではないか、そんな不安でいっぱいなのだろう。
本当に申し訳なかった、私のせいでおばさんは苦しんでいる・・。
だけど、碧君様の言葉は私の想像を絶するものだった。

「白君の為・・・ねえ・・・。フフッ・・明日は本当に黒弧と出かけると思っているだろうが、それは間違いだ。」

「え!?それはどういう意味・・・。」

風湖おばさんは思わず振り向くも、その顔は青ざめ、

「失礼します・・・・。」

と、足早に部屋を出ていってしまった。
碧君様のいう勘違い、風湖おばさんは分かったのだろうけど、私には全く分からなかった。
いや、でも・・・さっき碧君様・・・聴き間違いだろうか、旗本の娘である黒弧様を“黒弧”と呼び捨てにしていた・・?

「さて・・・。」

ガタン

椅子から立ち上がる音が私の思考を再び碧君様に集中させた。
私を見下すその鋭い眼光、何でこんなにも怖いのだろうか。
私は視線をそらす事ができなかった。
闇に捕らわれた私の姿に彼は鼻笑いをし、こう言い放つ。

「よかったな・・・風湖が貴様の罪を代わりに受けてくれるそうだ。風湖には感謝している、だから奴の思うとおりにしてやった。無論・・・貴様にも感謝している。」

・・・!?ばれてる・・・風湖おばさんの嘘がばれてる!?
それに感謝って何なの!?
風湖おばさんの嘘や、私の罪を見逃すほどの感謝・・・一体何!?
分からない・・全然分からない・・・。
私は何をしたの!?
白君様と出かけた事に感謝なんてしてないのは、碧君様の態度で一目瞭然なのに・・・。

「あの・・・感謝って何のことでしょうか・・?」

痛みが先ほどよりはだいぶマシになってきたので、やっと碧君様に物を言うことができた。
でも碧君様は薄ら笑いを浮かべただけで、そのまま部屋を出て行ってしまった。
部屋に残されたのは、碧君様の威圧感と、何も分からずただ呆然としている私だけだった。
外はいつのまにか雨音が鳴り響いていた。



続く。