序章 1、儚き幻想〜幻想〜(前編)
「外の国にはクリスマスという習慣があるのですわ!」
「え?くり○○す?それはなんなのか全然分からないんだけど・・。」
「まあ、白様!!そんなはしたない事を!!違いますわ、ク・リ・ス・マ・ス!!」
「栗スマス・・で、カキよりおいしいの?」
「もう!!」
私が自らの主の屋敷で二人の会話をふと聞いたのは、本当に偶然だった。
朝、いつもどおり床の掃除をしていた私は、
高利貸し「鬼獄屋」の主人で私の主である碧君様の御曹司、白君様と、旗本である眼駄太内様の娘の黒弧様の二人が庭で話している現場に出くわしてしまった。
いつもなら二人が仲良く話すところなんて見たくもない。
でも今日の話は私の興味を大きくひくものだった。
クリスマス・・噂では聞いた事がある。確か何かの行事だと・・・。
「お父様の話によると、キリストという神様のお誕生日を祝うところから始まって・・・」
「そ、その・・切り捨て・・?何がなんだか・・・」
「白様には私の言いたいことだけを伝えたほうがいいみたいですわね・・。クリスマスはお祝い事をする日で、明日はクリスマスの前日で、ともかく夜はお祝い〜な日ですわ!!」
「はて・・?知らないのは私だけなのだろうか?」
「今年から幕府が導入しましたの。今の将軍は新しい事はどんどん取り入れる素晴らしいお方ですからね!!」
教育は徹底されてるはずなのに、どうも教養が感じられない白君様、そのとぼけたような態度が私にはとても愛くるして仕方ない。
ん、そういえば・・・
私たち女中の間でも結構話になっていたことを今さらながら思い出した。
確か先輩の風湖おばさんは
“恋人達がイチャイチャするような行事って聞いたわよ〜!!”
と笑いながら私や他の女中さんに話してくれた。
私たちの中でも一番の情報通の風湖おばさん、その情報元は何なのかは未知の領域。
でも黒弧様の情報と同一の可能性はとても高い。
そうなると黒弧様が白君様に言いたい事は一つだろう。
「明日は二人で夜の町を出かけますわよ〜!!」
やはりそうだった。
私はこれ以上は聞いていられなくてこの場をこっそりと去るも、二人の仲睦まじげな話はいまもなお耳に入ってきた。
私は白君様の事が鬼獄屋に仕えてすぐに好意を抱き、今に至っている。
まだ幼かった時に雑用もろくにできない私、白君様の母親である龍華様に何度「役立たずザマス!!」と言われただろうか。
そして何度も扇子で殴られてずっと泣いていた・・・そんな私をいつも慰めてくれたのが白君様だった。
「な、泣き虫さん飛んでけ〜!!」
などと何かがおかしいような事を言いながらも、必死になって私を泣き止まそうとする姿はとても印象に残っている。
私は彼を愛した、誰よりも先に愛した。
なのに時とは非常なものだった。
いつしか白君様のもとに黒弧様が遊びにくるようになり、そして数年後に白君様は彼女に告白した。
有力な高利貸しの御曹司と、将軍直属の家臣の娘、彼らが釣り合うのは許されても・・・
女中である私は彼に釣り合うわけがない、決して許される恋ではない。
分かっている、胸が一杯になるくらい分かっていた。
それでも・・それでも私は白君様が・・・
「おや〜?戎ちゃん、探したよ〜!!」
そんな中、女の人の大声が私のモヤモヤした黒いものを一気に取り払った。
ふっくらとした顔つきに体型、片手には大きな箒を常備している女の人は、この屋敷にはただ一人だ。
情報通の先輩であり女中のリーダー、風湖おばさんだ。
「風湖おばさん、え〜と、今日の仕事のことですか?」
暗い気分であった事をなんとか隠して、おばさんには笑顔をみせた。
風湖おばさんが用事がある時はだいたいが仕事の担当場所の交代についてだった。
今日は私は屋敷の一階の掃除担当となっている。
龍華様のチェックがなによりも厳しい仕事だ。
それが変更となるなら、これ以上今の私にとって嬉しいことはないだろう・・。
「あんたは・・今日はお休みさっ!!」
そう私にはこれ以上・・・
「って・・ええええええええええええ!!!!」
思わず掃除用に持っていた雑巾を床に落としてしまった。
しかもそれが運悪く、雑巾を洗うために置いておいた水の入った桶の上に落下、周囲に水が散乱した。
「すすすすすす・・・すいません!!!」
慌てて散乱した水を雑巾でふき取るも、かなり動揺している私は雑巾を絞るのを忘れていて、より周囲は水浸しに。
風湖おばさんは怒る様子をみせずにただ豪快に笑っていた。
「ワハハハハ!!まあ驚くだろうねえ!!ここまでとは思わなかったけどさっ!!」
風湖おばさんは呑気だ、私の女中の仕事を休みにするという事は、誰か別の人が私の担当場所の代わりをするも同然だ。
どうしてこんなに動揺せずにいられるのか。
「それより・・どうして私が休みなんですか?」
やっと水浸しの廊下を拭き終えた私は雑巾を絞りながら風湖おばさんに聞いた。
「明日はクリスマス・イブとやらで忙しくなるのは目にみえてるさ・・・
今日はクリスマス・イブの前日、街は明日にそなえてとっくに準備万全なはずさ!!
もう待ちきれなくていろいろやらかしてる連中もいると聞いたしねえ・・
つまり!!今日存分にお祭り騒ぎを楽しみな、って事だよ!」
今日を休みにしてくれたのはそういうわけだとは分かった。
でもなぜ私なのか。
私が疑問を口にだそうとすると、それを汲み取ったかのように風湖おばさんはズイッと顔を近づけてきて、耳元で囁いた。
「あんたは一番若いんだからさあ、そりゃあ楽しまなきゃ損だろ?アンタの担当場所はアタシがついでにやってあげるから大丈夫だよ!!
あ、それと・・ちゃっかり白君様を誘って出かけてみるとかの楽しみもアンタしか・・・」
「待ったあああああ!!!あ、いや、待ってください!!そ、そそ、それはどういう事で〜!?」
再び雑巾を落とし、桶に落下、廊下水浸し。
風湖おばさんはただおもいっきり笑い、
「冗談だよ〜!!ちょっとからかっただけじゃないか、ワハハハ!!!」
何かに満足したかのように軽やかな足取りで持ち場へと戻ってしまった。
風湖おばさんは私が白君様を好きだと女中さんの中で唯一知っている。
おばさんに言わせれば、何で他の人が気づかないのか理解できないほど態度等でバレバレだそうだ。
それにしても風湖おばさんに言っていたこと・・・
冗談で言ったことは間違いないけど・・なぜだろう、ずっとおばさんの言葉が頭の中をグルグルと回る。
“ちゃっかり白君様を誘って出かけてみるとか”
私は・・何を考えているのだろう・・?
“ちゃっかり白君様を誘って出かけてみるとか”
何て事を!!そんなことが許されるはずがない!!
おばさんの言っていたことがあまり突拍子もない事を言い出したからだ!!それがただ印象に残っただけ・・・
雑念を取り払うためにも雑巾で先ほど飛び散った水をガムシャラに拭く私。でも・・・・・
“ちゃっかり白君様を誘って出かけてみるとか”
“ちゃっかり白君様を誘って出かけてみるとか”
“ちゃっかり白君様を誘って出かけてみるとか”
もし、一夜だけ許されるのなら・・・。
そう、一夜だけなら・・。
「白君様、黒弧様はもうお帰りになったみたいですけど・・今日はどういう話だったんですか?」
私は何も知らない自分を演じ、白君様に近づく。
そして白君様の次に言う言葉、予想済みの言葉を待つ。
白君様はその華奢な体をを素早く動かし、私の方を振り返ってくれた。
「戎か。う〜ん・・なにやら栗スマスという行事があって・・とりあえず街が賑わっているから一緒においしいもの食べ歩きしよう・・な話だったような〜・・・」
その端麗な顔に困ったような表情を浮かばせながら、平気で恋人との話を他人にしてしまう白君様。
でも予想通りだった。
彼がどういう人物であるか、そんな事は長年彼を見てきた私にとっていとも容易い事。
そして食べ物の事ばかりが頭に入ってるために、黒弧様が言ったであろう、二人きりの夜をゆったりと過ごすといった内容は完全に頭の中にない。
おいしいものを食べ歩く、と言ったのが何よりの証拠。
でもこれくらいが丁度いい。
「白君様、今年から行われるクリスマスという行事の前日は恋人達がイチャイチャする日・・と耳にしていますが・・。」
「ぶふああああああああ!!!そ、そっそそ、そうなの〜!?」
この驚きよう・・もしや黒弧様はクリスマス・イブについて本当に食べ歩くだけと言ったのだろうか・・?
ふと一つの考えがよぎる。
彼女は白君様の事をかなり理解している人、だから彼が用意に理解できる事だけを伝えたのではないか。
そう思うと悔しかった。
彼女はいつの間にか私と同等、いや、それ以上の白君様の理解者となっている・・・。
ダメだ!!今は黒弧様の事を考えてはいけない!!
今は・・今はただ白君様の事だけを考えればいい。
嫉妬の感情を振り払いたく、首を何度も横に振る私。
白君様が見てる前でなにをしているのだろう、私は。
「あ、あの〜・・・いちゃいちゃと言われても・・・な、何をすればいいのか分からないな〜・・・」
でも顔を赤らめて混乱中の彼には私の妙な行動は特に気にならなかったらしい。
私は自分がやろうとしてる事への反発心を無理やり抑えて、
何も知らない、親身な相談役を装い、困ったような表情を敢えて彼にみせつけておく。
そして話をより進展させた。白君様の単純な性格ならこれで終わりだと確信している。
「そ、そうなんですか・・。それなら、予行演習でもしてみませんか?街を今日のうちにブラリとしておいて、明日は黒弧様を満足させれるように計画を練っておくんです!私、今日は仕事休みですし、どうですか?」
悪女の言葉、でも白君様は偽りの表面にしか気づかない。
「ええ!?そりゃあ嬉しいけど・・折角休み貰ったのに、私につき合うだなんてとんでもない!!」
「街を出歩くのは私も楽しいですよ。何も苦痛ではないですし、それに白君様のお役にたてるなら、これ以上喜ばしいことはありませんから。」
「そうか・・じゃあお願いしようかな。えっと・・いつごろ出発する?そろばんの勉強が終わってからすぐでいいかな?」
「ええ、構いません。」
こうして一旦、白君様と別れた。
なんてスムーズに事が進んだんだろう・・。
ほんの少しの会話でこうも都合よく事が進むなんて・・・。
罪悪感はあった。
嘘をついて白君様とともに居る時間を作り上げた事を黒弧様が知ったらどう思うだろう。
軽い冗談を本当に実行してしまっていたと風湖おばさんが知ったらどう思うだろう。
・・・でも、罪悪感以上にあるものは興奮。
初めて白君様と二人きりで出かける時が来たのだ。
やり方が汚かろうと、どうせ一夜だけなのだ。
神様だって許してくださるだろう。
こんな私を、薄汚い私を。
白君様のそろばんの勉強が終わる、
正午までの時間はまだまだ長い。
続く。
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